東京高等裁判所 昭和45年(う)1672号 判決
被告人 渡部利彦
〔抄 録〕
(三)、「分割公判の違法性」の主張について
所論は、本件を含むいわゆる東大事件は統一公判によって審理されるべきであるのに、原裁判所は分割公判を強行し、被告人・弁護人の防禦権行使を不可能ならしめた点で、憲法第三七条各項の被告人の諸権利保障の規定、刑事訴訟法第三一三条の弁論の分離等に関する規定にそれぞれ違反する、と主張するものである(同本論第三章参照)。
しかし、現行の刑法その他の刑罰法令は個人責任の原理を立前として規定されているのであって、この理は、刑法第六〇条以下の共犯の場合は勿論、同法第二〇八条の二その他のいわゆる集団犯の場合においても変るところはない。又、現行刑事訴訟法(以下、この項では、刑訴法と略称する)の諸規定およびその全体の趣旨に徴しても、右のような実体法の立前に対応し訴訟関係は飽までも個々の被告人毎に各別に成立存続するとの立前をとっているものと解するのが相当であり、いわゆる訴訟経済や事実認定および量刑の統一等という実際的な要請から併合審理が行われる場合でも、理論的には右のような単位的訴訟関係がなおその独立性を保持しつつ相互に併存複合している状態にあるものと考えるべきである。そして、刑訴法第三一三条第一項は、「裁判所は、適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離し若しくは併合し、又は終結した弁論を再開することができる」と規定し、いわゆる併合審理を行うべきかどうかを裁判所の裁量に委ねているのであって、所論の中で言っているように「分離し若しくは併合し」と「分離」の方を先に掲げていることを根拠として併合審理が原則であると断定するのは、相当でなく、結局、裁判所としては、被告人の数・事案の性質・各事件相互の関連性の程度・立証の便宜・訴訟指揮および法廷秩序の維持その他の諸要因を総合的に考慮し、その自由な判断により、審理を併合して行うべきか或いは分離して行うべきかを決定すればよいことである。ただ、同条第二項は「裁判所は、被告人の権利を保護するため必要があるときは、裁判所の規則の定めるところにより、決定を以て弁論を分離しなければならない」と規定し、これをうけて刑事訴訟規則(以下、刑訴規則と略称する)第二一〇条は「裁判所は、被告人の防禦が互に相反する等の事由があって被告人の権利を保護するため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離しなければならない」と規定しているので、このような場合には、いわゆる訴訟経済等の実際的要請にも拘らず、当該被告人のみについての訴訟手続をもつべきことが義務づけられているに過ぎない。
なお、刑訴法第二九七条が証拠調の範囲・順序等の決定を終局的には裁判所に委ね、また刑訴規則第一九九条が、まず検察官請求の証拠を取り調べ、それが終った後に被告人又は弁護人請求の証拠を取り調べることを原則とし、例外的に相当と認めるときは右順序に拘らず随時必要とする証拠を取り調べることができる旨を定めていることも、併せて留意されるべきである。
このような実体法上および手続法上の立前をとっている現行法制の下において、被告人多数の共犯ないし集団犯の事件につき、被告人らおよび弁護団の要求(本件における被告人および各弁護人らの要求は、刑訴法上の「請求」ではないようである)に従い第一審公判当初の段階からこれら全部を併合して審理しなかったからといって、所論のようにこれを違法視すべき場合は理論的に殆ど考えられないところであり、それは寧ろ審理方法の当不当の問題に帰着すべき事柄である。ただ、その審理方法の不当性が極めて著しいときに限り、延いて違法の問題を生ずる余地が考えられるに過ぎない。
そこで、本件を含む東大関係事件を所論主張のような統一公判により審理するのが相当であったかどうかについて、主として証拠調の面から検討してみることとする。
当審で取り調べた東大関係事件(但し本件と日時・場所を異にするラグビー場関係の事件を除く)の起訴状写二一通によれば、いずれも「公訴事実」として、
「被告人は、かねて東京大学全学共闘会議派の学生らによって占拠されていた東京大学大講堂通称安田講堂を、ほか多数の学生とともに引続き占拠しようと企て、
第一、昭和四四年一月一七日ころから翌一八日午前七時ころまでの間、同講堂内において、同講堂の占拠者の排除を行おうとする警察官らに対し、多数の学生らとともに、共同して投石・殴打などの暴行を加える目的をもって、多数の石・コンクリート塊・角材・鉄パイプ・火炎びん等を準備して集結し、もって多数共同して他人の身体・財産に対し害を加える目的をもって兇器を準備して集合した
第二、同月一七日午後一一時ころ、前記講堂を管理する同大学学長事務取扱加藤一郎から、すみやかに同大学構外へ退去するよう要求をうけたのにかかわらず、前記多数の学生らとともにその要求に応ぜず、四月一九日午後に至るまで同講堂内にとどまり、もって故なく退去しなかった
第三、多数の学生らと共謀のうえ、同月一八日午前七時すぎころから翌一九日午後三時すぎころまでの間、前記講堂において、被告人ら不法占拠者を排除・検挙する等の任務に従事中の警視庁第五機動隊等所属の警察官に対し、多数の石・コンクリート塊・火炎びん等を投げつけるなどの暴行を加え、もって右警察官の職務の執行を妨害した」旨(以上、安田講堂関係一五通)
又は、
「被告人は、多数の学生らとともに、東京大学法文三号館に立てこもってこれを占拠していたものであるところ、右学生らと共謀のうえ、
第一、右建物からの退去を強制する者に対し、共同して投石し殴打するなどしてこれを阻止するため、昭和四四年一月一五日ころから同月一八日早朝までの間、同建物内に多数の石塊・コンクリート塊・角材・および鉄パイプ材等を搬入するなどし、もって、他人の身体に対し多数共同して害を加える目的をもって兇器を準備して集合した
第二、同月一七日午後一一時ころ、前記建物を看守する同大学学長事務取扱加藤一郎から、すみやかに同大学構外へ退去すべき旨の要求を受け、重ねて、翌一八日午前八時一五分ころより数次にわたり右退去要求の発せられている旨を告知されながら、同日午後三時三〇分ころまで、前記建物から立退かず、もって、故なくその場所より退去しなかった
第三、同月一八日午前九時ころから同日午後三時三〇分ころまでの間、右建物の周辺および内部等において不法占拠者らの排除および検挙等の任務に従事中の警察官らに対し、前記建物屋上等から多数のコンクリート塊・火炎瓶等を投げつける等の暴行を加え、もって、同警察官らの職務の執行を妨害した」旨(以上、法文三号館関係六通)
の各記載がなされ、外形的には各被告人を通じ全く又は殆ど同一の訴因が掲げられているが、実際の公判手続において各被告人毎に証明されるべき事柄の内容は、当該被告人の具体的実行行為・或いは共謀者等との共謀関係ないし右共謀者等による具体的実行行為(これらの範囲は集団における被告人の地位が高ければ高いほど広汎なものとなろう)・およびこれらに対応する警察官らの職務執行の状況・ならびに当該被告人が右占拠に参加するに至った心情・動機・経過等、さまざまに異ることが考えられるのであって、これらの事柄については、全員統一の公判手続において立証或いは反証を行うべき理由も実益も存しない。現に、当審段階において控訴の趣意等が殆ど同一であることにかんがみ職権により本件(被告人渡部利彦関係)と併合した被告人工藤民男・同大門健一に対する被告事件に関する原審の各証拠と、本件に関する原審の各証拠とを、対比してみても、大部分が別異のものであり、証人五十嵐甲子郎・同内田尚孝の各供述および同人ら作成の実況見分調書謄本ないし検証調書謄本ならびに証人横山陽三の供述或いは一六ミリフイルム等少数のものを除き、本件の公判で提出された証拠につき被告人工藤・同大門が反対尋問その他の反証活動を行い、又は逆に被告人工藤・同大門に対する事件の公判で提出された証拠につき本件の被告人渡部が反証活動を行うような余地はなく、従って右三名(二グループ)に対する各事件を一審冒頭の段階から統一公判により審理せねばならないとする理由も実益も見出すことができない。尤も、前記各起訴状が昭和四四年一月一七日以降(法文三号館関係では一五日以降)一八日或いは一九日に至る数日間における集団犯的ないし共犯的行為を訴因として掲げている以上、前述のような各被告人の具体的行動等と共に、右数日間における集団犯的ないし共犯的行為の全般的状況も、ひとしく立証反証の対象とされるべき筋合であるが、本件の場合、この点については、控訴趣意書自らが「公知」の事実に属すると述べているくらいであり、一応これが概況を明らかにする資料(例えば前記実況見分調書謄本・検証調書謄本・一六ミリフイルム等はこれに当るだろう)を提出させたうえ、各被告人の立場に応じ必要があれば反証を許すという程度で足り、必らずしも、右数日間にわたり安田講堂或いは法文三号館の内外で展開された全場面の状況につき、被告人全員が同一の公判廷で逐一反対尋問その他の反証活動をなすべき理由や実益があるものとは認められない。勿論、陪審制をとらず、従って犯罪構成要件的事実証明の手続と量刑資料等提出の手続とを截然と区別しないわが現行法制の下では、以上に述べたような犯罪構成要件的事実の立証反証に引続き、各被告人共通の量刑的事情(ときには違法性阻却の事由となるかも知れない)に属する諸事実すなわち東大紛争発端以来右占拠に至るまでの経過、ならびにこれが社会的背景等に関する証拠資料をも必要に応じ公判手続においてこれを提出することができるが、右資料が急に散逸したり或いはその取調が困難となったりするなど差し迫った特別の事情がない限り、まず前記犯罪構成要件的事実についての立証反証を行い(この段階で無罪が明らかになった被告人について爾後の手続を進める必要がないことは言うまでもない)、然る後、必要と認められる範囲内で右経過的背景的諸事実の立証反証に入るのが本来の順序であり、なお、右経過的背景的諸事実に関する立証反証の方法についても、必らずしも被告人全員出席の統一公判によらないで、実質的にその目的を達し得る途を他にいろいろ工夫することができるはずである。これら諸事実に関する証拠調ということを考慮に容れても、東大関係事件につき、未だ各被告人個別の犯罪構成要件的事実に関する何らの立証もなされていない第一審冒頭の段階からいわゆる統一公判を開くべき理由と実益とを見出し得ないことは、上来繰り返し述べたところと同断である。況んや、右統一公判において明らかにしようとする「東大紛争の全貌」なるものが、被告人渡部利彦の一九六九年七月三日付第一審裁判長宛書簡(原審記録一八三丁以下)に述べているような「二〇億の飢えたる民の側に立ち、戦争と侵略・抑圧と搾取に抗して起ち上ったもの」、又は控訴趣意書・総論の「序」の部分で言っているような「資本主義社会の矛盾を対象化し、(中略)人間存在を物象化せんとする帝国主義に対し全存在を賭する告発」、或いは同趣意書第三章第一節の冒頭で引用する別紙(二)の<二>に言うような「東大闘争に参加し被告人とされた日本の青年達は、何故あのような行動を選択しなければならなかったのか」などという意味にまで拡大されるならば、それはまさに東大紛争そのものの社会的政治的経済的歴史的な全評価という次元に移行するものであって、もはや刑事訴訟の場における審判の範囲を超えるものという外はない。以上証拠調の観点からやや分析的な考察を試みたところによれば、本件を含むいわゆる東大事件において、被告人らおよび弁護団の要求に従い、統一公判を希望する被告人全員につき、第一審公判の冒頭から併合審理を行うべき理論上ないし実際上の必要性は、未だ何処にも見出すことができない。
さらに、観点を拡げ、いわゆる安田第二グループ事件(昭和四五年(う)第一、一二九号)に対する昭和四七年四月一二日当高等裁判所第七刑事部言渡の判決以来累次言い渡された同裁判所各部の判決中に指摘されているような、被告人らの数(控訴趣意書一七丁裏の記載に従っても、安田講堂関係および法文三号館関係のみで三五六名、その他の分も合わせると四五六名)・裁判官の認識能力の限界・適切な訴訟指揮および法廷内外の秩序維持の可能性等の諸要因を考え合わせると、当審で取り調べた「東大関係事件の取り扱いに関する基本方針」写等から窺われるとおり、東京地方裁判所(刑事部)が弁護団の意見をも聴取したうえ取り決めた右基本方針に従い、同裁判所裁定合議委員会により各グループに分割して配点された本件グループにつき、原裁判所が他グループの事件と併合することなく審理を進め判決をしたのは、固より相当であって、これを不当とし或いは違憲・違法とすべき点は存しない。
従って、右分割公判の違憲・違法を主張する所論もまた採用することができない。
(吉田 大平 内匠)